大阪地方裁判所 平成3年(ワ)3856号 判決 1992年12月17日
原告
日本森林振興株式会社
ほか一名
被告
藤高久光
ほか一名
主文
一 被告らは、原告日本森林振興株式会社に対し、連帯して金一〇二万四〇〇〇円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告木村潤華に対し、連帯して金一八万円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告日本森林振興株式会社に生じた費用の七分の四と被告らに生じた費用の七分の二を同原告の負担とし、原告木村潤華に生じた費用の四分の三と被告らに生じた費用の八分の三を同原告の負担とし、その余の費用を被告らの負担とする。
五 この判決は一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告日本森林振興株式会社に対し、各自金二三八万七五〇〇円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告木村潤華に対し、各自金七四万円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の概要
信号機により交通整理の行われている交差点を右折した大型貨物自動車と直進して来た普通乗用自動車とが衝突し、右普通乗用自動車の同乗者が負傷した事案に関し、右負傷者及び同車の所有者が、右大型貨物自動車の運転者及び保有者に対し、民法七〇九条及び同法七一五条、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償を請求している事案である。
二 争いのない事実等(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)
1 事故の発生
次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 平成二年六月一日午前五時二五分ころ
(二) 場所 大阪市住之江区南港東三丁目五番六四号先交差点(以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車両 被告藤高久光(以下「被告藤高」という。)運転の大型貨物自動車(名古屋一二か五九八二、以下「被告車」という。)
(四) 事故車両 訴外櫻野誠(以下「櫻野」という。)運転の普通乗用自動車(大阪五四り五六五七、以下「原告車」という。)
(五) 事故態様 本件交差点を直進した原告車と右折した被告車とが衝突し、原告車に同乗していた原告木村潤華(以下「原告木村」という。)が負傷し、原告日本森林振興株式会社(以下「原告会社」という。)が所有する原告車が破損したもの(甲第一、第二号証)
2 責任原因
被告鐡伸運輸有限会社(以下「被告会社」という。)は、被告車の保有者であり、同車を運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、本件事故により原告木村に生じた損害を賠償する責任がある。
三 争点
1 損害額全般
2 過失相殺
(被告の主張)
原告車の運転者櫻野には、前方不注視の上、制限速度(時速六〇キロメートル)をはるかに超える時速一〇〇キロメートル位の速度で進行して来た過失があり、原告木村は、原告会社から承諾を受けて原告車を借り受け、友人の櫻野に運転させて同乗中に本件事故に遭遇したのであるから、原告らに生じた損害の五割は過失相殺がなされるべきである。
(原告の答弁)
櫻野の過失を基礎づける右事実について否認する。仮に櫻野に過失があったとしても、同人の過失は原告の過失ではない。
第三争点に対する判断
一 責任原因及び過失相殺
1 事故態様
前記争いのない事実に加え、後掲の各証拠、証人木村武士の証言及び被告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
本件事故現場は、別紙現場見取図のとおり、交通閑散な市街地にあり、南北に通じる大阪湾岸線道路(北行・南行車線とも各片側四車線であり、北行車線の幅員は計一三・五メートル、南行車線の幅員は計一三・四メートルある。以下「本件道路」という。)の道路と東西に通じる道路との信号機により交通整理の行われている交差点上にある。
本件道路の北行車線と南行車線との間には、幅一四メートルの中央分離帯があり、同分離帯には同道路上方を走る阪神高速道路の支柱が設置されている。本件道路の速度規制は法定速度(六〇キロメートル)であり、路面は、アスフアルトで舗装され、平坦であり、本件事故当時、乾燥していた(甲第一号証、弁論の全趣旨)。
被告藤高は、被告会社の従業員として同社の業務に従事中、被告車(けん引車両を含め、全長約一五メートル、一・五トンのじやがいもを積載)を運転し、本件道路の北行車線の中央分離帯の西側一車線目を走行し、本件交差点に差しかかり、青信号に従い、同交差点を徐行しつつ右折を開始した。原告木村は、本件事故の前日の昼過ぎ、祖母が代表取締役をしている原告会社から原告車を借り受け、友人関係にある櫻野に同車を運転させ、遊興し、翌六月一日午前五時二五分ころ、櫻野が運転する同車に同乗し、本件道路の南行車線の中央分離帯東側三車線目を高速度で走行中、本件交差点に差しかかつた(甲第一、第二号証、木村証言)。
被告藤高は、被告車を運転し本件交差点を右折中、南行車線を南進する原告車を同車から約六一・三メートル南方の地点で発見したが、自車が先に右折を完了できるものと判断し、青信号に従いそのまま右折を続けた。櫻野は、被告車を発見し、直ちに急制動の措置をとつたが及ばず、被告車後部と原告車前部とが衝突した。同事故により、原告車は、前部バンパー、前部フエンダー、ボンネツトが凹損するなどの損傷を受け、原告木村は、頭部打撲、顔面挫創、頚部捻挫、右肩打撲等の傷害を受けた(甲第一、第三、被告本人尋問の結果)。
本件事故前に原告車が制動を開始した時の速度は、本件事故後に行われた実況見分において、本件事故現場に、原告車が残したものと思われる左前輪三六・八メートル、右前輪三三・〇メートルのスリツプ痕(同スリツプ痕は、被告車との衝突がなければ、さらに相当伸びて印されていたものと推認される。)が残されていること、当時本件道路のアスフアルト路面は乾燥していたこと、乾燥アスフアルトの路面に制動痕の長さが三七メートル印されている場合の制動初速度が八一・九メートルであることは当裁判所にとつて顕著な事実であることなどに照らし、少なくとも時速八五キロメートルは超えていたものと認めるのが相当である。
2 責任原因及び過失相殺
(一) 責任原因
以上の事実によれば、被告藤高は、本件交差点を右折するに際し、南行車線を原告車が南進して来るのを認めたにもかかわらず、同車との距離及び同車の速度を十分に確認することなく、全長一五メートルもある自車が先に右折を完了できるものと即断した過失があり、民法七〇九条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。また、本件事故は、被告会社の従業員である被告藤高が同社の業務に従事中生じたものであるから、被告会社は、同法七一五条により、本件事故により生じた損害(物損)を賠償する責任がある(人損に関しては、同社が自賠法三条に基づく賠償責任を有することに争いがない。)。
(二) 過失相殺
(1) 本件事故についての過失相殺の是非については、争いがあり、前記のとおり、原告らは、原告車の運転者である櫻野の過失は原告らの過失ではないから過失相殺がなされるべきではないと主張する。
本件事故における過失は被告車、原告車の各運転行為について措定されるべきであるから、原告らが運転行為に関与したと認めるべき特段の事情がない限り、運転者である櫻野過失を原告ら自身の過失とみることができないことは原告ら所論のとおりである。しかし、櫻野の過失をいわゆる被害者側の過失として評価することができる場合には、かかる場合にも過失相殺をすべきことになるので、以下この点につき、考察する。
民法七二二条にいわゆる過失とは、広く被害者側の過失を含み、被害者と身分上・生活関係上一体をなす者の過失も、これに含まれると解するのが判例である(最高裁昭和三四年一一月二六日判決・民集一三巻一二号一五七三頁、同昭和四二年六月二七日判決・民集二一巻六号一五〇七頁、同昭和五六年二月一七日判決・交通民集一四巻一号一頁)。本件における櫻野は、原告木村にとつて友人であり、原告会社にとつて代表取締役の孫の友人であるから、この関係のみをみると、身分上・生活関係上一体をなすといい得ることは困難といえよう。
しかし、原告会社は、原告車の所有者であり、原告木村に同車を貸与したものとして、運行供用者に当たると解されるし、原告木村も、原告会社から事故日の前日、同車を借り受けた上、櫻野に運転させ、遊興の便に資するため同車を利用していた者であり、(同人と共に)運行供用者に当たると解される。このように運転者と被害者らとが実質上いずれも運行供用者に当たる場合には、被害者と運転者との間に指揮監督の関係がある場合や交替運転等の事実があつた場合同様、両者は身分上・生活関係上一体の関係にあると認めるべき特段の事情があり、運転者の過失は被害者側の過失に当たるものと解するのが相当である。
このように解さないと、例えば、仮に相手方運転手が人的損害を受け、同損害の賠償を原告会社、原告木村に請求したような場合、これらの損害については相手方運転手の過失を理由に過失相殺がなされることになる反面、原告会社、原告木村の受けた損害については過失相殺ができないことになり、損害の公平妥当な分担を目的とする過失相殺制度の理念に反する帰結を生ずるおそれがあるからである(この場合、相手方運転手は、原告会社、原告木村への支払後、原告車の運転手に共同不法行為者として求償する方途もないではないが、迂遠である上、同運転手の資力に問題がある場合も少なくなく、相手方運転手の救済が図れないことが多いから、かかる方途の存在が損害の公平妥当な分担に資するとはいえない。)。
したがつて、本件においては、櫻野の過失を被害者側の過失としてとらえ、同人に過失が認められる場合には過失相殺をするのが相当である。
(2) そこで、本件における過失割合を検討すると、本件は青信号に従い本件交差点を右折した被告車と同じく同交差点を直進した原告車との事故であるところ、被告車の全長が一五メートルあり右折に際し、原告車の進路を比較的長時間遮断することになること、原告車は、法定速度を少なくとも二五キロメートル以上超える時速八五キロメートル以上の速度で進行していたことを考慮すると、原告らの側には本件事故の発生に関し四五パーセントの過失があり、原告らに生じた損害につき、同割合により減額控除がなされるべきである。
二 損害
前記争いのない事実に加え、後掲の各証拠によれば、次の事実が認められる。
1 原告会社の損害
(一) 原告車修理代(請求一四〇万円) 一四〇万円
原告会社は、本件事故による損害として原告車の修理代を請求するが、証人木村武士の証言によれば、原告車は、修理に出さず、下取りに出したとのことであるから、被告車の本件事故前の時価と右下取価額との差額(買替差額費)が損害となる。本件において、これをみるに、原告車の本件事故前の時価が二一五万五〇〇〇円であることが認められる(甲第二号証)が、右下取価額についてはその額を認定するに足る的確な証拠はない。しかしながら、経済取引における経験則に照らすと、右時価と下取価額との差額が修理費よりも少額に設定されることは通常ないものと解されるから、右差額は前記修理費相当額を下回らないものと推認される。したがつて、本件事故により、買替差額費として、少なくとも右一四〇万円の損害が生じたものと認められる。
(二) 台車料使用代(請求三六万七五〇〇円) 〇円
原告らは、原告車の破損により原告会社は代車を使用せざるを得なくなり、修理相当期間一か月の間、同型車のレンタカー代一日当たり一万四七〇〇円を要したものと主張する。しかしながら、右代車を使用したことを認めるに足る証拠はなく、かえって証人木村武士の証言によれば、被告車は修理に出さず下取りに出したとのことであるから、右損害は認め難いものといわざるを得ない。
(三) 評価損(請求四二万円) 二八万円
原告車は、トヨタクラウンスーパーセレクトであり、平成元年一月ころ、約三五〇万円で購入し、本件事故に至るまで約一年数か月使用した車両であるところ、本件事故によりフロントバンパー、フードパネル、オートマチツクトランスミツシヨン等の交換、フロントパネル、フロントフレーム等の板金修理を要することが認められること(甲第二号証、木村証言)を考慮すると、同車には、本件事故により前記買替差額の二割に当たる二八万円の評価損が生じたものと認めるのが相当である。
(四) 過失相殺後の損害小計
以上の損害を合計すると一六八万円となる。前記のとおり、四五パーセントの割合で過失相殺すると、残額は九二万四〇〇〇円となる。
(五) 弁護士費用及び損害合計
本件事故の態様、審理経過、認容額等を考慮すると、弁護士費用としては一〇万円が相当と認める。
したがつて、原告会社に生じた損害の合計は、一〇二万四〇〇〇円となる。
2 原告木村の損害
(一) 治療費(請求四万円) 〇円
原告木村は、平成二年六月一日、矢木病院に通院し、同病院における治療費として、四万円を要したものと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。しかし、甲第三号証によれば、原告木村が同病院において治療を受けたことは明らかであるので、この点は、後述する慰謝料において斟酌するものとする。
(二) 休業損害(請求一〇万円) 一〇万円
甲第三、第五、第六号証及び証人木村武士の証言によれば、原告木村は、本件事故当時、父が経営するドウヤ・コーポレーシヨン株式会社に勤務し、一か月当たり二〇万円の給与を受けていたことが認められ、本件事故により、平成二年六月一日から同月一六日まで同社を休職していたことが認められる。したがって、本件事故による休業損害は、原告木村が主張する一〇万円を下回らないものと認めるのが相当である。
(三) 慰謝料(請求五〇万円) 二〇万円
本件事故の態様、原告木村の前記通院状況、治療費相当分を斟酌すべきこと、本件事故により同人の顔面に挫創后創瘢痕が生じたことなど諸般の事情を併せ考慮すると、本件事故による同人の慰謝料としては、二〇万円が相当と認める。
(四) 過失相殺後の損害小計
以上の損害を合計すると、三〇万円となり、前記のとおり四五パーセントの割合で過失相殺すると、残額は一六万五〇〇〇円となる。
(五) 弁護士費用及び損害合計
本件事故の態様、本件の審理経過、前記認容額を考慮すると、弁護士費用としては一万五〇〇〇円が相当と認める。したがって、本件事故により原告木村に生じた損害の合計は、一八万円となる。
三 まとめ
右の次第で、原告会社の請求は一〇二万四〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日である平成二年六月一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、原告木村の請求は一八万円及びこれに対する本件事故の日である前同日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、それぞれ理由があるからこれらを認容することとし、その余の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担(なお、被告らの訴訟費用が、いずれの原告との関係で生じたかは認定が困難であるが、事実の性質、審理経過にかんがみ、両原告との関係で均等の割合で生じたものと認める。したがつて、各原告が被告らに生じた費用を負担すべき割合は、それぞれ各原告の費用の負担割合に二分の一を乗じた割合となる。)につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大沼洋一)